2016年4月19日(火)以降 主人の気管支鏡
4月19日(火)
主人は午前中、気管支鏡でした。
麻酔の量が足りてないんじゃないかと言うくらい、死ぬほど苦しかったみたいだ……。
帰って来てから、具合が悪くなり、苦しくなったと言っていた。
よくその日のうちに、車を運転して帰ってこれたものだ。
幸い熱は出てないみたいだけど、とにかく寝ておくれ。
気管支鏡って、やっぱり恐いね。
野○先生も言っていたけど、下手したら私も退院してから気管支鏡やる可能性はあるからなぁ。
想像して、びびってても仕方ないけど、今は考えるのよそう。
今日、夕方来た保健師さんは佐○さんではなく、「山○さん」でした。
佐○さんと山○さんが交互に来るとのことだった。
ところで、私の親戚のおばさんの件は伝わっていなかったのだ。
この件も早く解決しないと、おばさんも夜眠れないだろう。
結核を撒き散らしておいて、いまだ何の謝罪もないことに、恨んでいるのではないだろうか。
私も、まだまだ、ろくに声が出ないのに、無理矢理絞り出してしゃべっているため、酷いしゃがれた状態である。
なので、まだ私の本当の声は、誰も知らないのである。
陰では男性患者らが、私のあだ名を「中村あゆみ」と呼んでいることぐらい知っているんだぞ‼
中村あゆみに失礼ではないか。
どちらかというと「天龍源一郎」だゎ‼‼
話はだいぶ脱線したが、普通に声が出るのなら、直接おばさんに一連の結核の話をしてしまいたくなる。
おばさんに会う直前に肺がん結核検診を受け異常なしだった事も事実ではあるけど、安心材料にはならないかなぁ。
今の自分は、声が聞き取れないのも去ることながら、接触者以外は部外者になってしまうため、デリケートな結核問題を外に漏らすことは、医療関係者、保健師さんらはあまり良い顔はしていない。
間に私の担当の保健師さんと実家の担当の保健師さんが入っているから、何だか複雑になってきている。
まとめると、早くこの問題を解決してほしい。それだけだ。
遅い時間だったけど、薬のことで薬剤師の下○さんが来てくれ、詳しい話をいろいろ聞けて勉強になりました。
4月20日(水)
午後、ネブライザー終わって14時過ぎた頃、診察終わりの陽○ちゃんが来てくれた。
なんと陽○ちゃん、肝臓の数値が3桁になって、普通の人の5倍くらいになってしまい、結核の薬を一旦中止しなければいけなくなってしまった。
ガッカリしていた。
今日の分は飲んでしまった為、明日から飲まないで1週間経って、様子を見ることになったそうだ。
毎朝、お経のように繰返し読まされている、内服を途中で止めるとどうなるか。
薬が効かない結核菌が出来てしまうのを、多剤耐性結核というのだが、これが頭をよぎる。
ただし、陽○ちゃんのように薬が合わない場合、先生の指示のもとで中止したり再開したり、薬のチェンジも出来るのである。
どうなるか不安だが、もしかすると中断するから6ヶ月が9ヶ月コースになってしまうかもしれないと言っていた。
6ヶ月のつもりが9ヶ月になるっていうのは、なかなかきつい。
それだけ飲み忘れてはいけない期間が長くなるってことは、気が抜けない期間も長くなり、陽○ちゃん気が沈んでいるかもしれないなぁ。
それなのに、陽○ちゃんったら、気を使って、飲み物やパンを買ってきてくれちゃってさ。
人数分あったので、相部屋の2人にも、おすそわけしました。
陽○ちゃんが帰るときエレベーターまで送りながら、少し話し込んだ。
野○先生に見つかり、陽○ちゃんの肝臓のこともあるから、座って話すよう、うながされた。
今日は陽○ちゃん、どうもありがとう。
夜になり、主人が熱出たり、血痰出たりしていると言っていた……。
気管支鏡の結果がまだだから、身心共に辛いもんなぁ……。